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改ざん文書の検出 - ラマン分析を偽造文書の特定に役立てる方法

2020 年 4 月 16 日

技術の進歩が空前の速さで進むこの時代は、過去の技術が歴史の中に埋没していく様子を目の当たりにすることが増えてきています。新しい時代の到来に伴い、今では活字が絶滅の危機に瀕しているように見えます。インターネットにアクセスできるパソコンが、今では世界中の人々の日常生活に浸透し、数十年前には印刷が必要だったであろう文献が簡単に見られるようになっています。この記事が読めることが、何よりの証拠です。

情報へのアクセスのしかたや扱い方が進歩した結果、究極の筆記媒体、すなわち、ペンと紙という昔ながらの筆記形態の将来的な有効性に、多くの人が疑問を抱くようになったというのも頷けます。活字媒体の没落は確実に進んでいますが、筆記という行為は、最も便利で身近な情報伝達方法として、今も存続しています。ペンと紙は、まだこの先数年は大丈夫でしょう。

ただし、書物の有効性に関しては、現在の状況が興味深い課題を提起しており、その端的な例が、法的文書の分野、具体的には契約書に見られます。電子商取引が成長しているにもかかわらず、法的文書への署名は、いまだに紙に手書きするのが慣わしです。しかも、認証された文書は公証人の前で署名する必要があり、捺印はすべて原物でなければならず、証明書はすべて一致しなければなりません。では、これらの文書の妥当性を検証し、署名が原物であることを確認するにはどうすれば良いのでしょうか。電子文書とは異なり、投稿者や改変者を追跡する方法がありません。やり手の詐欺師が住宅ローンの契約書のイニシャルを変更したり、受け取った小切手にゼロを追加したりしたら、どうなるのでしょう。このような理由から、文章の信憑性を見極められることは、極めて重要です。この課題に応えるのが、ラマン分析という洗練された形態です。当社の inVia™ コンフォーカルラマンマイクロスコープは、この分野における世界屈指の装置です。

交わったインクの分析

異なるペンによる変更箇所が文書内に存在するかどうかを見極めるには、インク組成を特定する技術が必要です。インクには無数の種類があり、同じ色であっても、化学的には異なる場合があります。ラマン分析では、同じように見えるよく似たインクタイプを区別する特異性を利用して、対象領域の非破壊的検査を短時間で行うことができます。レニショーでは最近、この調査をさらに進めており、異なるペンで書かれた 2 本のインク線の交差順序を判断する方法を開発中です。これまでは、紙のバックグラウンドに一貫性がなく、化学イメージを解釈するにあたり、不確実性が大きいという難題がありました。ではどのようにすれば、紙上に追加されたインクの線の出所を inVia が確実に判断できるでしょうか。

レニショーでは、自社のシステムに独自の技術を実装によってインクの順序を判定するという新しい方法を開発しました。判定の根拠となるのは、それぞれのインクが交わる領域内におけるカバー率の分析結果です。交差領域には、両方のインクの成分が混在しており、上面照射レーザーを使用して分析すると、論理上は、最上位のインクが最も多量に現れます。この仮説を、偽の色の画像と濃度推定技術を用いて明らかにするのです。

方法

この処理はまず、交差領域と周辺領域の白色光画像を撮影することから始まります。交差領域の組成を捉えるために、StreamLine™ イメージングを用いてその領域をスキャンします。こうして、絶えず移動するラインフォーカスレーザーを用いて、インクからスペクトル情報を収集します。ラインフォーカスは、インク層を損傷せずにレーザー出力を上げられる従来のスポットフォーカスよりも、レーザーの密度が低水準です。データが収集したら、画像内で輪郭がはっきりした領域をマスキングして、インクごとの純参照域を得ます。マスキングツールは、レニショーの WiRE ソフトウェアの一部として提供されており、画像のしきい値 (白色光やラマンなど) や、スキャンエリアの手動選択によって画定された範囲に処理対象データを制限するのに使用します。

白色光交差インク

インクが交わる様子を示す白色光画像。2 本線の重複領域が交差部を画定しています。交わっていないインク部分はマスキングして、成分分析の対象とする純参照域を得ました。


インクごとの参照域が得られたら、成分分析を実施することにより、白色光画像の上に各成分の分布を表示する偽の色の画像を得ることができます。交差順序の特定を試みるユーザーは、かつてはこの段階で、偽の色の画像を閾値化して交差順序を判定していました。暗いエリアは基準域との類似性が低いということを示すため、かつては、交差領域内の暗いインク画像が最下層上に位置すると考えられていましたが、2 人の異なるユーザーが同じ方法で画像を閾値化しても、同じ結論に達するという保証はありませんでした。画像によっては、インクの順序をどちらとも解釈できるのです。では、かつて直面していたこの難題に、どう対処すれば良いのでしょうか。答えはもちろん、別の専用の調査ツールである Concentration Estimates を導入することです。

偽色インク

2 本の異なる筆線を表した偽の色のラマンイメージ。これらの画像は、ラマン分光の化学的特異性を示しています。インク種別が特定され、それぞれのインクの相対濃度を判断できます。


Concentration Estimates は、成分分析によって生成された画像を基に、それぞれのインクの総寄与率を求めます。この処理は、画像のしきい値の変更を考慮しないため、ユーザー間で一貫性の高い結果が得られます。大きい方の濃度推定値が、分析中の交差領域における広がりの大きい方のインクに該当します。2 点の参照域間の濃度推定差が大きいほど、堆積順序の信頼度が上がります。

同様に、純参照域の濃度推定値は、参照域間の高い特異性を表します。このようにして、統計的に有意な値が得られるため、インクの堆積順序の判定に対する信頼が得られます。

偽の色のインク表

この表は、純正インク領域と交差領域におけるそれぞれのインクの濃度推定値を表しています。純正領域から、この技術の化学的特異性が確認できます。交差部における大きな濃度差が、提示された堆積順序に信頼を与えています。


これで、レニショーの inVia ラマンマイクロスコープを活用して、偽造や改変の問題を分光学的に分析し、解決する方法がお分かりいただけたと思います。文書認証の新規格が世界中に行きわたるまで、今後も引き続き法的文書に安心して署名できることを願っています。その時が来たら、私たちは、これまでさまざまな用途で注いできた精度と熱意を持ってその課題に取り組んでまいります。

執筆者について

Lewis Mitchell, Applications Scientist

ルイス・ミッチェルの顔写真

Heriot Watt 大学にて化学物理学の修士号を取得。現在、ラマン分光界への第一歩を踏み出しています。大学でメタサーフェスの研究を始め、後に、材料溶接におけるベッセルビームの応用に携わり、非伝統的な溶接媒体に注力。最終学年のときには、同大学の超高速分子動力学研究室で研究を行い、そこで分光学への情熱が開花しました。

レニショーでは、新しいハードウェアおよびソフトウェアの開発を含む最先端の用途に取り組んでおり、最近では、自動フォーカストラッキング、単変量ステージ移動、平均化イメージング技術などの研究を行っています。